中古レコード屋の店主 里葉風流の「レア盤発掘に王道なし」 #008 マガジン・タイムマシーン (4)

 そうこうしてるうちにオークションの準備で忙しくなり始め、それまでいっしょになって盛り上がっていた60年代の話もだんだんうっとおしくなって来ました。そしてとうとう私は、「Hさん、そう毎日毎日電話されても困りますよ。WANTのレコードが入荷したらこちらから連絡しますから」とつい冷たく言い放ってしまったのです。

 それから数週間ほどして、Hさんからちょっと気になる電話がありました。
「忙しいとこ悪いんだけど、ペギー・リーの『貝がら』を探して貰えないかなあ。昔好きだったアルバムなんだけど、最近妙に聴きたくなってね。ここんとこレコード・プレーヤーのアームを持ち上げるのも手が震えてちょっと難しくなってきたので、CDでいいから頼みますよ。」
 たまたま『貝がら』のCDは、新品で店頭にストックがあったのですぐに送ることが出来ました。

 それから3ケ月くらいしてオークションも一段落し、急にHさんのことが気になり始めました。新しいWANTもなく預り金が4万円ほどそのまま残っていたので、久しぶりにこちらから電話することにしました。
「Hさんですか?ご無沙汰してます、広島の里葉です」
「ああ・・・」
「あのー、お金預かったままでちょっと気になるので、とりあえず一旦返金させていただこうと思うんですが」
「ああ・・・」
「それじゃ、明日にでも現金書留を送らせてもらいますよ」
「・・・。じゃあ、よろしく・・・。」
 尋常な体調ではないのは電話の声ではっきり分かりました。私が誰なのかも、恐らくその時理解出来てなかったような気がします。

 Hさんのことを思い出す時、必ずキンクスのデビューLPが頭に浮かんで来ます。66年の檄文にあった“シングル盤の裏”というのは「カモン・ナウ」や「サッチ・ア・シェイム」あたりのことだろうし、“アルバムの1曲1曲”のアルバムとは、この日本編集盤『ザ・キンクス・ヒット!!』に違いありません。どうしてこのLPを少々無理してでもあの時Hさんに案内してあげなかったのかと、今となっては悔やまれてなりません。でもただの結果論かもしれませんが、会ったこともないHさんとの電話の日々は、この仕事を通して為し得た“いいこと”の一つなのかなと、たまに回想してみるのです。

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里葉風流(さとばふうる)