中古レコード屋の店主 里葉風流の「レア盤発掘に王道なし」 #021 新発見データより新発見レコード ~トニー・シェリダンと彼のビート・ブラザース/マイ・ボニー・ツイスト<DP-1425>

my bonnie twist

 ビートルズ・コレクターには説明不要でしょうが、この曲で伴奏とコーラスを担当しているビート・ブラザースこそがデビュー前のビートルズであります。この日本盤が発売されたのは、英本国でファースト・シングル「ラヴ・ミー・ドゥー」が発売される半年近くも前のことでした。デビューから半世紀以上を経てもなお、“究極のベスト盤(CD+DVD)世界一斉発売”でいまだ話題を振りまいているビートルズです。この初音源盤の意義は大変なものでしょう。

「ジューク・ボックス」という音楽雑誌に何とこのレコードの新譜紹介が残されています。

“ドイツのツイスト・レコードが登場しました。歌うトニー・シェリダンの素姓ははっきりしませんが、その名もビート・ブラザースという一党をひきいて、なかなかイキのよいツイストをきかせます。”

 ドイツで発売された「MY BONNIE」に、その頃ブームだった“ツイスト”を付け加えた安易なタイトルでしたが、62年当時の国内盤にはこのパターンが多く見かけられます。
 このレコードは香月利一氏の名著「ビートルズ・ディスコグラフィー」(79年、立風書房)にも未掲載で、ピーター・インガム著「ザ・ビートルズ日本盤ディスコグラフィ」(86年、シンコー・ミュージック)によって初めてコレクターに認知されました。その時の衝撃は凄まじく、その後それ以上にインパクトあるビートルズ日本盤の新発見は何も思い当たりません。

 はたしてこのレコード、何枚ほどプレスされたのでしょうか? どんなレコードでも500枚はプレスすると聞いたことがありますが、トニー・シェリダンの知名度から判断して、当時このレコードを取り寄せた販売店はほとんどなかったのではないかと推測されます。仮に大型店に納品されていたとしても、店頭で売れなければ返品されスクラップとなってしまうのがレコードの運命です。現存枚数の少なさとその後の“ビートルズ神格化”によって、国内シングルにおけるトップ・クラスの高額盤となってしまったわけです。

 かつて東北の某放送局でレコードの大型処分が行われ、リサイクルショップやコレクター経由でシングル盤が大量入荷したことがありました。60年代の放送局盤としては珍しくデッドストックと言ってもいいほどのコンディションだったため、結局その年のオークション・リストでシングル盤特集を組むことになりました。あまりに内容が濃かったこともあり、それに見合うインパクトのあるレコードがリスト表紙用として必要となりました。
 ちょうどその頃、コレクターからある中古屋に「マイ・ボニー・ツイスト」が50万円で売りに出ていることを聞きつけました。コンディションもかろうじて合格ラインのものであったため、宣伝効果も狙ってそのコレクターに買ってもらうことにしました。リスト本体のグレードの高さも功を奏し、結果60万円+レコードの落札となり何とか事なきを得ました。私がこのレコードを買取したのは、後にも先にもこの1回だけです。

 レコード買取に関しては、当時の音楽ファンの情報を得るためレコード会社が発行していた月報とかも可能な限りチェックしているのですが(読者懸賞の抽選結果やレター欄など)、最近「マイ・ボニー・ツイスト」が発売された当時の月報が見つかり、その記述から発売日が62年4月20日であったことがほぼ判明しました。これによって、アメリカ盤「My Bonnie」の発売(62年4月23日)より早かった可能性が浮上して来ました。ビートルズそのもののレコード発売はアメリカの方が日本より1年近くも早いわけですが、ビートルズ音源に関しては日本の方がアメリカより早かったなんて誰が想像したでしょう? レア盤追いかけていて、とんでもない副産物を掘り当てた気分です。その発見を声高に報告しつつも、ちょっとした照れもあって最後に一言こう付け加えました。「まあほぼ同日と言おうか、ほとんど変わらないんですがね。」それに対して、複数の人から同じ答えが返ってきました。「時差の関係じゃないの?」所詮コレクターにとっては、別にどうってことのない話なのでしょう。

里葉風流(さとばふうる)