創刊者が語る――レコードマップと一緒に歩んだ26年 深い知識を持ったご店主と読者に出会いや発見のきっかけを創れれば

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26 年前に、学陽書房で『レコードマップ』を企画・創刊し、現在、編集工房球で社長を務める針谷順子が回想します。
 

学生時代はミューズ社とハーモニー

―そもそもレコードマップが誕生したきっかけは?

1985 年頃企画したのですが、その当時は情報本が全盛の時代だったんですよ。今と違ってネットも何もないので「ぴあ」のような情報が載った雑誌が大変もてはやされていたんです。私は法学部の出身で出版社で法律の本を作っていたのですけど、大学時代、アメリカンフォークソング研究会という音楽サークルにいたので、レコード会社とか音楽業界に友人がたくさんいました。そこでレコード屋さんのガイドを作ろうと思い立ちました。
大学の音楽サークルの頃に、日本人の好みではないけれども、ある特殊なジャンルについて非常にたくさんのレコードを仕入れているミューズ社とハーモニーというお店が神保町にあって足繁く通っていたんです。私はブルーグラスをやっていたのですが、この2店に行くと普通のお店にはないブルーグラス、カントリーのレコードがあって嬉しくて通いつめていました。私のように、ああいうレコード屋さんを今でも探している人がいるんじゃないかなと思い、それでレコード屋さんガイドを作ろうと思ったのです。ミューズ社さんはレコマ創刊の頃にはもうありませんでしたが、ハーモニーさんはかなり最近までレコマに載せさせていただいていました。
 

―レコマ創刊時の状況は?

創刊が86年だからバブルの入口の年ですよ。お金に余裕もあったし、みんながカッコいいライフスタイルを求めていた。コムデギャルソンとか、太い眉毛とか。他の人と同じでなく自分は最先端のことをしていますよ、ということを示す自己表現の手段の一つが音楽だった。レコード店で当時有名だったのは田中康夫の『なんとなく、クリスタル』の注釈に出てくる「パイド・パイパー・ハウス」。輸入レコードを買うならここに行くと買えるみたいな、非常にお洒落な最先端のお店です。アメリカ発とかイギリス発の音楽をカセットに録音して、ドライブのときにBGM で流すという時代背景もありましたね。それをみんなが青山のパイド・パイパー・ハウスに買いに行くのではなくて、渋谷や新宿や神保町にこんなにありますよ、ということが表現できた――非常に音楽が手に入りやすくなったということが、創刊当時のレコードマップの存在意義だったと思います。
 

地図化した意義は大きかった

―レコマの果した役割はどう思いますか?

地図化したことは非常に大きいと思いますね。当時は地図情報も今みたいにネットですぐ検索できる時代じゃなかったので。それが最初のアイデアで、調べていくとレコード店が密集しているエリアがあるんですね。渋谷の宇田川町とか、西新宿7 丁目とか。こうした発見もレコマの功績かもしれません。ここに行くとこれだけ回れて楽しいことがあるとわかったんですから。たとえば仙台に出張に行ったら、仙台のお店を回ると自分とぴったりするお店と出会えるというような期待を持ってもらえたのではないでしょうか。ビジネスマンの方が出張のときレコードマップを持っていくという話は初期の頃よく聞きましたね。
最初はレコード屋さんを探すのに便利なものをと考えていましたが、途中からはレコード屋さんのデータベースを作って本の形で提供しているという意識を持つようになりました。90年代に入ってから、掲載店の数が現在の倍くらいまで増えましたが、その多くがクラブミュージックのお店でした。流行ってるジャンルは一気に増えますが、低調になってくるとオールジャンルになったり、通販のほうに入られたり、廃業されたりと……。26年の間に一番大きな動きがあったのはクラブ系ですね。
 

個性的な店主と読者をつなぐ

―印象に残ったことは?

地域を回るごとに、かなり文化の差があるということがわかりましたね。京都は夜になると常連さんがそのお店に集まって、店主と一緒に酒盛りをしてる店が多いんです。非常に親密な関係が多くのレコード店でつくられていましたね。大阪はお店が大きくて、いろいろなものがどっさりと売られている。スーパーマーケット的でしたね。東京はお店が多いから特化するために、ジャンルが明確であるお店が多いですね。福岡は店舗というより趣味の部屋といった雰囲気の、マンションの一室にあるお店が多いです。北海道はなぜかビジュアル系の店が多いです。仙台は昔は一番町周辺に集中していましたが、最近はどんどん周辺に分散化して店舗面積が広くなっています。
取材で回る度にお店の方と話しますが、それぞれのお店の方がきちっとご自分のお店についてコンセプトを持ち、モットーをもっておられて感動しますね。レコード文化という資産は個人の家に死蔵されると市場流通に出てこない。それを流通させることによって新しい世代に継承されていく。
それから自分の好きなジャンル、好きなアーティストについて造詣が深く、たとえばビートルズのお店は店主さんどなたもビートルズについて博識で、この盤についてはこういうものだと次の世代に伝えてくれる。クラシック、ジャズ、ヒップホップ、英米ロックなど、それぞれのジャンルについて深い知識を持った方がこの業界にはたくさんいらっしゃる。そういう方たちとの出会いや発見のきっかけを作ったり、レコードマップを持ってお店を訪れていただくだけで、ぐっとシンパシーをもっていただけたり……。そういうものを作りあげて来ることができたのではないかと思います。
 

英語版は実現できず

―苦労したことは?

電話番号の間違いですかね。間違えてかかってしまう会社と個人のお宅から苦情があり、読者からの問合せが引きも切らずに来て困ると。即あやまりに行きましたが、「引きも切らず」という反響の大きさにちょっと嬉しいような困ったような(笑)。それ以後は絶対にそのようなミスが起こらないような体制にしました。
 

―アナログからCD、そして音楽配信へという流れもあるなかで、レコード店と時代の移り変わりの印象を。

90 年代にお店がすごく増えたのは賃貸の不動産価格が安かったのが大きいようです。また、輸入盤のお店は円高にメリットがあって、良い海外盤を入手するときは円高のときが多いということもありますね。また中国やロシアの大金持ちがバイヤーを通じて箱買いするという話もよく聞きました。帯付き優良盤のレコードとかを。海外の方はアナログ盤に対する愛好家が多いですね。
お店によると海外の方もレコードマップをもって来てくれるそうです。レコマ掲載の住所を切り抜いたものが封筒に貼ってあり、なかにWANTリストが入っている……という手紙が、一時はいっぱい来たそうです。時代や経済状態との関わりは大きいと実感します。英語版を作ってほしいという要望もずいぶんあったけれど資金不足で実現できませんでした(笑)。
 

―ネットの時代についてどう思いますか。

ネットではライナーノーツよりもすごい解説をお店の方が書かれているから、情報と知識が得られるのがメリットですね。ただお店に足を運んだら、「そういう音楽が好きなら、これも聴いてみてください」とレコメンドしてくれます。対面で知識のある店主さんやお店の人と話をするのっていいと思いますね。通販の売上げだけで十分やっていけるのに、あえてお店を開けているところもあります。「お客様と接することが自分としては大事だと思っているので、通販だけでお金を稼ぐのはあまり嬉しいと思っていない」そうです。
 

電子書籍化には豊かな可能性が

―書籍から電子書籍化を決断したきっかけはどのようなことでしたか?

「ぴあ」という情報本の代表格や新聞社の年鑑なども電子の世界に入りました。情報本というのがこのインターネットの時代に存在することに限界を感じたのです。しかも書籍の形にするのは、組版・印刷・製本など大変な手間と資金がいります。値段を高くするよりも電子の世界に入れば、同じ情報をもっとお安く提供できる。どうしても紙媒体で情報を得たいという方には、オンデマンドで本の形にするということを予定しています。
電子本のメリットはほかにもあり、たとえばカラーをいっぱい使えます。お店のURL やE メールをクリックしていただければそのまま飛べるので、使い勝手がよくなります。それから、もしかすると音が鳴らせる可能性があります。インタビューした方が推薦してくれたレコードの音が鳴らせたら楽しいですよね。動画も出せる可能性があります。電子媒体になることによって表現が非常に豊かになる可能性があるのです。
 

―最後にこれまでとこれからの読者に対するメッセージをお願いします。

レコードマップをつくって、音楽を愛する人がこんなにたくさんいてくれたと実感しましたね。お店の方からもレコマを持って来てくださるお客さんが大変多いというようなお言葉をいただくと、やっぱりこの本を作ったことを、とっても誇りに思います。ただ、書籍はその役割を終わったと判断しました。まったく別の形で現在のクオリティの情報を発信していきますので、今後ともレコードマップをよろしくお願いいたします。