歴代インタビュー PLAYBACK 1 「レコマ登場希望」読者アンケートNo.1 が語るレコード遍歴/石野卓球(電気グルーヴ)

『レコードマップ ’95』掲載(抜粋)

レコードマップ '95

1995年――年明け早々、阪神淡路大震災があり、3月には、いまだ全容が終息していない地下鉄サリン事件が勃発。社会を騒然とさせた天災・事件があった年の『レコードマップ』は、当時過去最高の全国958店を掲載。
電気グルーヴの石野卓球氏は、94年にヒットシングル「N.O.」をリリースし、ダブテクノやハードミニマルなどが店頭を賑わした時代の日本のテクノのエースとして登場。当時28歳!
 

中学・高校時代のベスト3!

アナログレコードは匂いがいいですよね。この前、アメリカ盤とヨーロッパ盤のどっちの匂いが好きかって話になって、僕はヨーロッパのドイツプレス盤の匂いが好きなんですよ。
小6の時にYMO を初めて聴いて、中学に入って、当時静岡市には輸入盤屋が1軒しかなくて、中1が輸入盤屋に行くといったら大冒険なわけです。もう店に入った瞬間にアガっている。店に行く度にアガルわけです。
中学時代はシンセサイザーの音が入っていればなんでも聴いて、ノイズ系までエレクトロミュージックだと思って聴いていたり、シュトックハウゼンからミスター・ブーのサントラまで聴いていました。これも恥ずかしい話だけど、中2ぐらいから、毎年大晦日に「今年のベスト10」を自分で選んで書いてました。今でも実家にあると思いますよ。中学時代のベスト3は、坂本龍一の『B2-UNIT』、イギリスのエレクトリックポップバンドのシリコン・ティーンズ、スロッビング・グリッスルの『20 JAZZ FUNK GREATS』です。
高校の頃、リアルタイムの音楽ってつまらないものが多かったですね。時代をさかのぼってパンクとか聴いてました。アルバイトでお金を稼いで、東京まで出かけて、イースタンワークスとかUK エジソンは、本当に宝の山でしたね。高校時代のベスト3は、すり切れるほど聴いたマーク・スチュワートのファースト、ホルガー・ヒラーが在籍していたパレ・シャンブルグのファースト、それにデア・プランでした。
 

石野卓球的、音楽って何だ

まだYMOしか知らない頃は、たぶん音楽はやらないだろうと思ってました。YMO のメンバーのように、楽典が頭に入っていて、音楽理論も知らないとできないだろうし、あんな高い機材は絶対自分じゃ買えないし。でも、ほぶらきんという関西のバンドを聴いて、「自分でもできるぞ」と。つまりテクニックはなくてもアイディアがあれば音楽はできる。アイディア勝負みたいな“ キワモノ”と呼ばれる音楽が好きでした。初期衝動やパンク的なものは自分の中では今も大事ですね。未完成でもパワーが伝わってくるものが好きなんです。ほぶらきんとニューウェイヴで、すべてがひっくり返りました。
 

日本一の電気グルーヴのコレクターは僕

僕ら、レコーディングに入る前にアルバムタイトルを先に決めるんです。『フラッシュ・パパ』『UFO』『カラテカ』『フラッシュ・パパ・メンソール』そして、次にどんなタイトルが来たらカッコイイだろう(笑)って考えるんです。アルバムデザインも必ず自分が買う立場になって考える。
レコード屋で欲しくなるジャケット、家に帰って愛着が沸くジャケット、CD は小さいけれど、物欲を満たすものを。僕の中でいちばん物欲をそそるものを考えたら、ガンダムなんですよ。だから『カラテカ』のレコジャケは、赤・青・黄・白のガンダムの色にしたり。要するに子供っぽいんですよね、僕が。
個人的には自分のレコードにプレミアがつくのはうれしいです。コレクターズアイテムになるのがうれしい。プロモ盤と正規盤の内容は同じなんだけど、レーベルの色を変えたり、そういうコレクター心は大事にしたいですね。
僕の家に自分のかかわったレコードだけを並べてある“ 自分棚” があるんですよ。初回プレスとそうでないやつとか、ファンクラブ用のCDとか。日本一の電気グルーヴのコレクターは、きっと僕です。