歴代インタビュー PLAYBACK 3 レコマ編集者も熱望!佐野元春が語る、新しい音楽の力/佐野元春

『レコードマップ2005』掲載(抜粋)

レコードマップ2005

2005年――惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワへ到着。流行語大賞に「クールビズ」「電車男」「ホリエモン」「ブログ」などがノミネート。年間アルバムチャート(オリコン調べ)ではトップ10 すべてがミリオンを記録している。『レコードマップ2005』は、新規掲載82店と新規店は減少傾向だった。
 佐野元春氏は、2003年に自主レーベル「デイジーミュージック」を発足し、2004年にレーベル第一弾アルバム『ザ・サン』をリリース。全国30公演のツアーを敢行した。
 

自分が多感だったころの音楽

僕がDJを務めるTOKYO FMの番組『radiofi sh』で50年代音楽の特集をやろうと資料を読んでいたら、エルヴィス・プレスリーのデビューアルバム『ELVIS PRESLEY』が1956年3月13日にリリースされていました。同じ日に僕が生まれています。このエピソードは好きですね。
両親がジャズ喫茶というかロックカフェというか、海外の音楽を聴かせる店を経営していたので、物心がついたころには、手元に海外のレコードや簡単なプレイヤーがありました。ロック音楽、ポピュラー音楽を意識して聴きはじめたのは10、11歳ごろだったと思います。自分のお金で初めて買ったのは、7インチの『モンキーズのテーマ』でしたね。楽器を持ち、曲を書きはじめたのもほぼ同時期でしたから、自分はリスナーであると同時に、表現してみたいと思っていました。バンドを組んでから、ライヴレコードに興味が向きましたね。お気に入りのアーティストはライヴでどういう表現をしているのだろうと、10代後半はライヴレコードをよく聴いていました。
僕が音楽をはじめたころには、非常にクリエイティブな60年代ロックに対して、多くの批評がそこに言葉を与え、ポピュラー音楽を多少強引ながらもジャンル化し、ライブラリー化して、ロック音楽を理知としてとらえようという動きがすでにありました。
 

本当に良い音楽と出会うためには

自分が多感だったころの音楽を振り返れば、60年代後半や70年代前半など、いわゆるロックンロール音楽がとても豊かな時代でした。そのころにポップ音楽に触れて、今思うと幸運だったと思う。多感なころは学校で習う音楽よりも、自分から選び取った音楽のほうが大事に決まっているし、多感であればあるほど、音楽の中に意味を見つけだそうとします。
そして今、この時代に自分が多感な時期を迎えていたら、僕はどんな音楽を選び取るのだろうということを考えると、少し混乱する。なぜならこの国は、音楽に対する批評の目を失ってしまっているから。音楽に言葉を与えるということに尽力する人が減ってきています。だから、音楽にどういう意味があるかということを自分から見いだしていかなければなりません。しかし多感なころは、音楽的経験はほとんどありませんから、本当に良い音楽と出会うためには相当な賭けをすることになる。
だから、この国には良いDJが必要です。こういう時代でも、良い音楽を求めるリスナーがいて、良いリスナーがいるということは、良い音楽のつくり手もいるということですから、その関係が崩れることはないと思う。僕が望むのは、良い音楽のつくり手がつくった音楽が、まんべんなくそれを欲している人の手に届くようなしくみです。そしてそれを適切に紹介する紹介者=DJがいたらいいなということです。
また、時代を振り返れば、レコードメーカーは、ロックンロール音楽を好む10代、20代のユースたちによって支えられてきた産業であって、彼らがごきげんなロックンロール音楽を聴きたいというときにすぐプレスして、彼らの手に渡すことで発展してきたと思います。メーカーはそれを忘れているのではないかと僕は思う。